外交・国際

長生炭鉱の遺骨、なぜ身元特定に至らなかったのか 日韓共同鑑定の意味

seiji.tokyo 編集部
⏱読了 約20分(約7,684字)

山口県宇部市の海底炭鉱「長生炭鉱」で見つかった遺骨について、日韓両政府がそれぞれDNA型鑑定を行いましたが、身元の特定には至りませんでした。外務省が23日に発表しています。1942年の水没事故では183人が犠牲になり、その約7割が朝鮮半島出身者とみられています。80年以上前の事故の遺骨を、両国政府が共同で鑑定したこと自体が異例の取り組みでした。この記事では、まず「特定に至らず」という結果が何を意味し、何を意味しないのかを整理します。そのうえで、この問題の争点、国の関与を広げることへの賛否それぞれの論拠、過去の遺骨返還をめぐる経緯との違いを解説します。最後に、ニュースの見出しだけでは見えにくい「この件をどう読めばよいか」という視点もお伝えします。

🕐 約13分で読めます
📰 引用元:朝日新聞

📌 この記事の要点

  • 2025年8月と2026年2月に見つかった遺骨は男性2人分と判明し、日韓の遺族試料と照合しても一致しませんでした。
  • 日韓が同じ遺骨を別々に鑑定する方式は、結果の信頼性を両国が受け入れやすくする工夫と考えられます。
  • 鑑定は2026年1月の高市首相と李在明大統領の会談に先立って協力が合意されたもので、外務省は協力継続を表明しています。

今回の鑑定で何が分かり、何が分からなかったのか

結論から言うと、分かったのは「遺骨が男性2人分であること」で、分からなかったのは「その2人が誰なのか」です。ただし後者は、現時点で集まっている遺族の試料の中に血縁者が見つからなかった、という意味にとどまります。外務省と警察庁の説明では、2025年8月と2026年2月に見つかった遺骨について、日本と韓国がそれぞれ独自にDNA型鑑定を実施しました。DNA型鑑定とは、骨や歯に残る遺伝情報の型を読み取り、親子や兄弟などの血縁関係があるかを調べる方法です。犯罪捜査や災害時の身元確認でも使われています。重要なのは、この方法が遺骨側のデータと遺族側のデータの両方がそろって初めて成り立つ照合だという点です。遺骨から型を読み取れても、比べる相手となる遺族の試料が手元になければ、身元は確定できません。今回は日韓の遺族らから集めた試料と照合しましたが、一致する人はいなかったとされています。

なぜ一致しなかったのかについて、政府は詳しい理由を公表していません。一般論としては、いくつかの要因が考えられます。一つは試料を提供した遺族の範囲です。183人の犠牲者すべての遺族から試料が集まっているとは限らず、該当する遺族がまだ名乗り出ていない可能性があります。二つ目は血縁の遠さです。事故から80年以上がたち、犠牲者の子の世代の多くはすでに亡くなっているとみられます。孫やおい、めいの世代になるほど、照合で血縁を確かめる難しさは増すとされています。三つ目は遺骨の状態です。長期間海水に浸かった骨では遺伝情報が傷みやすく、読み取れる情報量が限られることがあります。ここで注目したいのは、両国が「同じ遺骨を別々に鑑定した」という手順です。一方の国だけが鑑定すると、結果に対してもう一方の国の遺族や世論から疑問が出る余地が残ります。

双方が独立に調べて同じ結論に達したのであれば、結果を受け入れる土台ができます。歴史認識が絡む問題では、結論そのものと同じくらい、結論に至る手続きの信頼性が問われます。その意味で今回の鑑定は、身元特定という目的は果たせなかったものの、両国が共有できる事実を一つ積み上げたと評価する見方もあり得ます。外務省が「引き続き韓国政府との間で緊密に協力していく」とコメントしたことも、手続きを続ける意思を示したものと読めます。

争点は何か 誰が、どこまで、誰のために行うのか

この問題の争点は、遺骨の身元が分かるかどうかという技術的な点だけではありません。突き詰めると、調査や収容を「誰が担うのか」「どこまで行うのか」「誰のための作業と位置づけるのか」という三つの軸に整理できます。まず担い手の軸です。今回の遺骨は、市民団体による潜水調査で見つかりました。政府は市民団体からの要請を受けて鑑定に協力した形で、海底の坑道に潜って遺骨を探す作業そのものは、民間の取り組みが先行しています。今後も民間主導で進めるのか、それとも国が発掘や収容まで主体的に担うのかは、大きな分かれ目です。次に範囲の軸があります。犠牲者は183人で、今回確認されたのは男性2人分です。坑道内にはまだ多くの遺骨が残されている可能性があります。見つかった遺骨の鑑定に限って協力するのか、坑道全体の調査と収容まで視野に入れるのかで、必要な費用や技術、期間は大きく変わります。

海底の坑道は崩落の危険があり、潜水作業には高い安全管理が求められるとされています。三つ目は位置づけの軸です。犠牲者の約7割は朝鮮半島出身者とみられていますが、裏を返せば約3割は日本人を含む他の人々です。今回の遺骨が日本人の犠牲者である可能性も、制度上は排除されていません。この点は見落とされがちですが、実は重要です。遺骨収容を「日韓の外交案件」とだけ捉えると、議論は歴史認識や過去の請求権の問題と結びつきやすくなります。他方、「事故で亡くなった人を家族のもとへ返す人道上の作業」と捉えると、国籍を問わず遺族が共通して抱える問題として扱いやすくなります。この三つの軸を組み合わせると、立場の違いがはっきり見えてきます。担い手は国、範囲は坑道全体、位置づけは人道という組み合わせを望む声があります。

一方で、担い手は民間中心、範囲は発見された遺骨の鑑定まで、位置づけは外交上の協力の一環という考え方もあり得ます。両者の間には多くの中間的な選択肢があります。ニュースでは「特定できたか否か」が見出しになりがちですが、実際に政策として問われているのは、この三つの軸をどう設定するかという点です。今回の発表は、そのうち「鑑定への政府協力」という一点で日韓が足並みをそろえたことを示すもので、残る論点はまだ開かれたままになっています。

賛成・反対それぞれの言い分 国の関与を広げるべきか

国が調査や収容への関与を今より広げるべきかについては、推進を求める側と慎重な側で、それぞれに筋の通った論拠があります。どちらか一方が正しいと決めるのではなく、論拠を並べて比べることで、この問題の難しさが見えてきます。関与拡大を求める側の第一の論拠は、時間の制約です。事故から80年以上がたち、遺族の高齢化が進んでいます。DNA型鑑定で照合に使える近い血縁者が年々減っていくことを考えると、作業が遅れるほど身元特定の可能性は下がります。第二の論拠は、民間の限界です。海底の坑道での潜水調査には専門的な技術と費用が必要で、市民団体の寄付や善意だけで坑道全体を調べるのは難しいという指摘があります。第三の論拠は、日韓関係への効果です。首脳会談を機に両政府が協力した実績を広げれば、互いの信頼を積み上げる材料になるという見方です。

日本人遺族にとっても家族の遺骨が戻る可能性が広がるため、国内向けの意義もあると主張されています。これに対して慎重な側の論拠も複数あります。第一は安全と技術の問題です。崩落の危険がある海底の坑道で大規模な作業を行えば、作業員の命に関わるリスクが生じます。国が主体となれば、その安全責任も国が負うことになります。第二は費用と前例の問題です。戦時中には各地で民間の事故や労働による犠牲者が出ており、長生炭鉱だけを国費で本格的に調査すれば、他の事例とのバランスをどう取るのかという問いが生じます。第三は外交上の整理です。日本政府は戦後の請求権問題について解決済みとの立場を取っており、遺骨収容への関与の仕方によっては、その立場との関係が問われかねないと懸念する声があります。双方を比べると、推進側は「人道」と「時間」を、慎重側は「安全」と「制度の整合性」を重視していることが分かります。

両者は必ずしも正面から対立しているわけではありません。推進側も作業の安全を軽視しているわけではなく、慎重側も遺族の思いを否定しているわけではないからです。むしろ争点は、どの価値をどの順番で優先するかという優先順位の違いにあると言えます。今回のように「鑑定には協力するが、発掘の主体は民間」という現在の形は、両者の言い分の折り合いをつけた暫定的な着地点と見ることもできるでしょう。

「特定に至らず」をどう読めばよいのか

このニュースを読むうえで大切なのは、見出しの否定形に引きずられず、遺骨が家族のもとへ戻るまでの道のりのどこに今いるのかを確かめることです。結論を先に言えば、今回は「ゼロからの後退」ではなく「次の段階に進むための足場」が確認された局面と読むことができます。遺骨の身元特定は、大まかに三つの段階を踏みます。最初が遺骨の発見と収容、次が遺骨からの遺伝情報の読み取り、最後が遺族試料との照合です。今回は二つ目の段階までは進み、男性2人分という情報が得られました。三つ目の照合で一致者がいなかったものの、遺骨側のデータは残ります。今後、新たな遺族が試料を提供すれば、改めて照合できる可能性があります。つまり「特定に至らなかった」という結果は、扉が閉じたことを意味するわけではないのです。では、読者は次に何に注目すればよいのでしょうか。一つ目は、遺族試料の追加募集が行われるかどうかです。

照合の相手が増えなければ結果は変わりにくいため、日韓両政府が遺族への呼びかけを広げるかは重要な指標になります。二つ目は、坑道内で新たな遺骨が見つかるかどうかです。遺骨が増えれば照合の機会も増えます。三つ目は、首脳会談や外相会談でこの件がどう扱われるかです。今回の鑑定は首脳会談を前に協力が合意された経緯があり、政治の場での言及の有無は、協力の継続性を測る手がかりになります。もう一つ意識しておきたいのは、科学の限界と政治の判断を分けて考えることです。遺伝情報が傷んでいて読み取れないといった問題は、政治的な意思だけでは解決できません。一方で、試料を集める範囲や調査への予算配分は、政治や行政の判断で変えられる部分です。ニュースに接したとき、「技術的に難しい」のか「方針として行っていない」のかを見分けると、報道の受け止め方がぶれにくくなります。

今回の発表文は短く、なぜ一致しなかったのかについての説明は限られていました。今後の発表で、どの段階に課題があったのかが示されるかどうかも、注目すべき点と言えるでしょう。

背景・経緯

長生炭鉱は、宇部市の海岸から海の下へ坑道を延ばした炭鉱で、1942年2月に坑道の天井が崩れて海水が流れ込み、183人が犠牲になりました。戦時中の増産体制の下で、朝鮮半島出身の労働者が多く働いていたとされます。遺骨は長く海底に残されたままでした。戦後の日韓関係の土台となったのが、1965年6月に結ばれた日韓基本条約と請求権協定です。日本政府はこの協定で請求権の問題は解決済みとの立場を取っています。遺骨問題が政府間で正面から扱われた事例としては、2004年12月の日韓首脳会談が挙げられます。韓国側が朝鮮半島出身の民間徴用者の遺骨返還への協力を求め、日本政府は企業や自治体、寺院などに保管遺骨の情報提供を依頼する調査を進めました。その後、2008年1月には東京の祐天寺に保管されていた旧日本軍の軍人・軍属の遺骨が韓国へ返還されています。

当時と今回で共通するのは、遺骨問題を政府間の協力課題として扱っている点です。違いは対象にあります。当時は寺院などにすでに保管されていた遺骨の確認と返還が中心で、民間徴用者の遺骨は所在や身元の確認が進みにくいままでした。今回は海底から新たに見つかった遺骨を、両政府がDNA型鑑定で調べるという一歩踏み込んだ手法が採られています。その後の関係は、2018年10月の韓国大法院による元徴用工判決で冷え込み、2023年3月に韓国政府が解決策を示したことで改善に向かいました。長生炭鉱では市民団体が追悼碑を建て、2024年に坑口を掘り出して潜水調査を始め、2025年8月に人骨を発見しています。遺骨という具体的な発見、関係改善の流れ、遺族の高齢化が重なったことが、2026年1月の首脳会談を前にした協力合意につながったと考えられます。

読者への影響

犠牲者183人のうち約7割、つまり130人前後が朝鮮半島出身者とみられ、残る約50人前後は日本人を含む人々と考えられます。この件は韓国の遺族だけでなく、日本国内にも遺骨を待つ家族がいる可能性があることを示しています。戦時中に炭鉱や工場、空襲などで家族が行方不明になったという話は、今も多くの家庭に残っています。こうした遺骨の扱いが国の協力でどこまで進むかは、自分の家族の歴史とも無縁ではありません。また、DNA型鑑定は警察の科学捜査の体制を使って行われており、国の調査関与が広がれば、その費用は税金で賄われることになります。日韓の往来や経済交流を支える両国関係の安定度を測る指標としても、この件の行方は日常と地続きの意味を持っています。

今後の論点

今後の焦点は、照合の相手となる遺族試料と、照合される遺骨の双方がどこまで増えるかにあります。遺族への呼びかけが日韓双方で広がれば、すでに読み取られた2人分のデータとの照合が改めて行われる余地が生まれます。一方で、遺族の世代交代が進むなかでは、試料が集まっても血縁の遠さから照合の精度に限界が出る可能性も残ります。坑道内の調査については、市民団体の潜水調査が続く見通しですが、国が発掘や収容にどこまで関わるかは、安全確保や費用負担の議論を経なければ決まらないでしょう。仮に国の関与が広がれば、他の戦時中の犠牲者の遺骨をどう扱うかという問いも連動して浮上すると考えられます。他方、日韓関係の動向もこの件の進み方を左右します。関係が安定していれば、今回のような共同鑑定は実務的な協力として積み上がっていく可能性があります。

逆に、歴史認識をめぐる別の問題で両国間に緊張が生じれば、遺骨問題が政治的な文脈に巻き込まれ、作業の進み方に影響が出ることも考えられます。外務省が協力継続を表明していることから、少なくとも当面は実務レベルの協議が続くとみられますが、その具体的な中身が今後どう示されるかは見通せていません。

報道各社の論調

今回の情報源である朝日新聞の記事は、見出しで「身元特定に至らず」という結果を簡潔に伝え、本文では犠牲者183人のうち約7割が朝鮮半島出身者とみられることや、市民団体の潜水調査が発見の起点になったことを明記しています。結果の報告に加え、戦時中の朝鮮半島出身者の犠牲という歴史的背景と、民間の取り組みの役割を読者に示す構成になっていると言えます。ここからは、この報道に限らず、各紙がこれまで日韓の歴史問題を扱ってきた一般的な傾向から見た整理です。読売新聞や産経新聞は、日韓の歴史問題を報じる際に、政府間の外交協議の進展や、請求権問題は解決済みとする日本政府の立場との関係に紙幅を割く傾向があるとされています。遺骨問題についても、人道協力が外交上の要求に広がらないかという観点から報じる可能性が考えられます。

日本経済新聞は、首脳外交や日韓の経済協力という大きな流れの中に個別の案件を位置づける報じ方をすることが多い傾向があります。毎日新聞は、遺族や市民団体の声、地域の追悼活動に焦点を当てる報道が目立ってきたとされます。こうした論調の差は、各社の立場の違いというより、それぞれが想定する読者が何を知りたいかの違いを映していると解釈できます。外交や安全保障に関心の高い読者には政府間の整理が、ビジネス層には関係安定の度合いが、地域や人権に関心のある読者には当事者の声が重視されるわけです。読者としては、一紙だけで判断せず、「外交」「人道」「歴史」のどの角度から報じられているかを意識して複数紙を読み比べると、この問題の全体像をつかみやすくなるでしょう。

考察

この件で見落とされやすいのは、身元が特定できなかった遺骨は、国籍も分からないままだという点です。犠牲者の約7割が朝鮮半島出身者とみられる一方、約3割は日本人を含む人々でした。確率の上では朝鮮半島出身者である可能性が高いとしても、今回の2人が日本人の犠牲者である可能性は制度上も科学上も否定されていません。つまり、この遺骨は現時点では「韓国の遺骨」でも「日本の遺骨」でもなく、どちらの遺族のものかを両国が共に探している状態にあります。この構図は、遺骨問題を日韓の対立軸で語る見方とは異なる読み方を可能にします。一方の国が他方に返還を求めるという従来の枠組みではなく、両国が同じ遺骨を前に、それぞれの遺族名簿を持ち寄って照らし合わせる共同作業になっているからです。日韓が別々に鑑定を行った方式も、この共同作業の性格を反映していると見ることができます。

もちろん、この見方だけで歴史認識や請求権をめぐる立場の違いが解消されるわけではありません。人道的な作業として進めたい立場と、外交上の整理を慎重に保ちたい立場の双方に、それぞれ合理的な理由があります。ただ、国籍が確定していない遺骨を扱うという今回の状況は、少なくとも鑑定の段階では、両国が立場の違いを脇に置いて協力しやすい条件を生んでいるとも言えます。この件を読み解く着眼点として、「どちらの国の問題か」ではなく「誰の家族か」という問いに置き換えてみると、ニュースの意味合いが変わって見えてくるかもしれません。今後、身元が特定された場合には、その国籍によって報じられ方や政治的な受け止めが変わる可能性があります。その時にこそ、今回の共同作業の積み重ねがどう生かされるかが問われることになるでしょう。

本稿の論点整理

長生炭鉱の遺骨をめぐる今回の発表は、身元特定という目的には届かなかったものの、日韓両政府が同じ遺骨を独立に鑑定し、共通の結論を得たという手続き上の実績を残しました。争点は鑑定の成否よりも、調査の担い手、範囲、位置づけをどう設定するかにあり、推進側と慎重側の違いは価値の優先順位の差として整理できます。国籍が確定していない遺骨を両国が共に扱っているという構図は、従来の対立的な枠組みとは別の見方を促します。今後は、遺族試料の追加募集の有無、坑道内での新たな発見、首脳や外相の協議でこの件がどう言及されるかが、協力の行方を測る手がかりになりそうです。

💬 この記事への反応

📢 この記事をシェアする

参照元:朝日新聞

💬 あなたはどう思いますか?

この記事について、ご意見・ご感想をコメント欄でお聞かせください。中立的な議論を大切にしています。

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

ABOUT ME
政治ニュース解説 seiji.tokyo
記事URLをコピーしました