国内政治

非核三原則「持ち込ませず」はなぜ今、見直し論争になっているのか

非核三原則「持ち込ませず」はなぜ今、見直し論争になっているのか
seiji.tokyo 編集部
読了 約14分(約5,340字)

「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則のうち、「持ち込ませず」の部分が安保3文書改定に向けた有識者会議で議論の俎上に載りました。高市早苗首相が就任前から疑問を呈してきたこの原則をめぐり、元統合幕僚長と研究者のあいだで早くも意見が割れています。この記事では、論争の構図・歴史的経緯・今後の政治的影響を整理し、「結局この問題をどう読めばよいか」を独自の視点で解説します。

🕐 約9分で読めます
📰 引用元:朝日新聞

📌 この記事の要点

  • 安保3文書改定に向けた有識者会議で「持ち込ませず」原則の見直し論が浮上した
  • 元統合幕僚長が核抑止の観点から議論の必要性を主張したが、出席者から異論も出た
  • 高市首相は就任前に疑問を呈していたが、首相就任後は明確な見直し表明を避けている

今回の有識者会議で何が起きたのか

2025年7月8日、政府は「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」の第2回会合を開きました。座長は佐々江賢一郎・元駐米大使で、安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)の年内改定を見据えた議論が行われています。

会議は非公開で約1時間半行われましたが、終了後に取材へ応じた出席者の証言から、注目すべき議論の断片が明らかになりました。自衛隊制服組トップを務めた山崎幸二・元統合幕僚長が、「日本は核保有国に囲まれている現実がある」「ウクライナ戦争で核の脅威が現実化している」と指摘し、非核三原則の「持ち込ませず」について「核抑止をどのようにしていくのか非常に大きな論点になる」と述べたのです。

一方で、出席した研究者からは異論も出たとされています。

ここで重要なのは、この発言が単なる個人の意見ではなく、政府の安保政策を検討するために設置された公式の有識者会議の場で出たという点です。有識者会議の提言は必ずしも政策に直結するわけではありませんが、官邸に対して「議論の土台」を提供する機能を持っており、その後の政治過程を大きく動かすことがあります。2022年に安保3文書が改定された際も、同様の有識者会議の提言が「反撃能力(敵基地攻撃能力)」保有容認の根拠として活用されました。今回の発言はその先例をなぞるような動きとして注目されます。

争点の整理:「持ち込ませず」とは何をめぐる議論なのか

非核三原則は「持たず・作らず・持ち込ませず」の3要素からなりますが、今回の議論の焦点は「持ち込ませず」の一点に絞られています。この点を理解するには、米国との核抑止の仕組みを知ることが不可欠です。

米国は日本に対して「拡大抑止(エクステンデッド・ディタレンス)」を提供しています。これは、日本が核攻撃を受けた場合、米国の核戦力を含む報復力で反撃するという安全保障の枠組みです。問題は、この枠組みの実効性を保つためには、有事に米軍艦船や航空機が核兵器を携行したまま日本の港や基地に入ることが想定されるという点です。「持ち込ませず」を厳格に解釈すれば、この動きは禁じられることになります。

山崎元幕僚長らが指摘するのはまさにこの矛盾です。核抑止の実効性を高めるためには「持ち込ませず」の運用を見直す必要があるという論理です。

これに対して研究者からの異論は、おそらく非核三原則が持つ外交的・政治的意義、すなわち核不拡散体制(NPT体制)への貢献や、被爆国としての国内世論との整合性という観点からのものと推測されます。

整理すると、この議論は「抑止力の実効性(軍事的リアリズム)」を優先するか、「国際的な核不拡散規範と国内政治基盤(外交・政治的コスト)」を優先するかというトレードオフの問題です。どちらの立場も根拠を持っており、単純な善悪の問題ではないと言えます。

賛成・反対それぞれの論拠はどこが違うのか

「持ち込ませず」の見直しを支持する立場の論拠は、大きく3点に整理できます。第一に、ウクライナ戦争が示したように核抑止が現実の安全保障に直結する時代になったという認識です。ロシアが核の脅しを外交カードとして使う現実は、非核三原則が策定された1967年とは根本的に安全保障環境が異なるという主張です。第二に、日本が北朝鮮・ロシア・中国という3つの核保有国と国境を接するという地理的現実です。第三に、現状の「持ち込ませず」は実際には1960〜70年代の日米密約で骨抜きにされていたという歴史的事実であり、「建前と本音の乖離をなくすべき」という透明性の論理です。

一方、見直しに慎重・反対する立場の論拠もまた3点あります。第一に、日本が非核三原則を堅持することがNPT(核不拡散条約)体制の信頼性維持に貢献しており、見直しは国際的な核拡散を促しかねないという懸念です。

第二に、広島・長崎の被爆体験に根ざした国内世論の強い反発という政治的現実です。第三に、「持ち込ませず」を見直したとしても、実際に核抑止力が高まるかどうかは不明確であり、外交的コストに見合うかという費用対効果の問題です。

ここで注目したいのは、高市首相自身が就任前と就任後で姿勢を使い分けている点です。これは政治的に「議論の火種を有識者会議に渡す」という手法とも読め、政府が直接論争の矢面に立つことを避けながら政策空間を広げる典型的な手順とも言えます。

高市首相の「就任前と就任後」の落差をどう読むか

高市首相は2024年に出版した編著書の中で、「持ち込ませず」について拡大抑止の観点から「現実的ではない」と明確に疑問を呈していました。これは首相就任前の発言であり、政治家個人としての持論として広く知られていました。

しかし2025年10月の首相就任後、高市氏は非核三原則の見直しについて明確な言及を避けています。それどころか、民主党政権時代の岡田克也元外相が示した「核の持ち込みを場合により認める」という答弁を「引き継ぐ」立場を表明しています。この答弁自体がすでに「持ち込ませず」の厳格解釈から一定の幅を持たせるものですが、政策の「正式な見直し」とは一線を画しています。

この落差を読み解くには、首相という立場の制約を考慮する必要があります。首相は内閣全体の意思として政策を語らなければならず、与党内や連立パートナーとの合意なしに国是を変えることはできません。

また、広島・長崎を選挙区に持つ議員や公明党との関係も無視できません。こうした政治的制約の中で、首相自身が直接旗を振る代わりに、有識者会議という「別の舞台」で議論を起動させるというのは、政策変更の前段として見られてきた手法です。2022年の反撃能力容認も、有識者会議→提言→安保3文書改定という流れで実現しました。今回も同様のプロセスが始まっている可能性に注目する必要があります。

背景・経緯

非核三原則は1967年12月、佐藤栄作首相が国会答弁の中で「持たず・作らず・持ち込ませず」を表明したことに始まります。1971年には衆議院が非核三原則を堅持する決議を採択し、国是として定着しました。しかしその後、2009年12月には鳩山政権下で政府調査が行われ、冷戦期に米国艦船への核持ち込みを黙認していた「密約」の存在が公式に確認されました。岡田克也外相(当時)は「艦船への搭載は事前協議の対象外との解釈が取られてきた」と認め、「持ち込ませず」の運用に実質的な抜け穴があったことを認定しました。これが現在の政府答弁の基準点になっています。

過去の類似事例として特に重要なのは、2022年11月から12月にかけての安保3文書改定プロセスです。政府は同年2月に有識者会議を設置し、提言を受ける形で12月16日に敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を盛り込んだ安保3文書を閣議決定しました。

当時も「専守防衛の逸脱か否か」をめぐって賛否が割れましたが、有識者提言が政策変更の「お墨付き」として機能しました。今回との違いは、反撃能力は「持たない兵器の種類」の話であったのに対し、核の「持ち込ませず」は「核不拡散条約との関係」という国際法的次元を含む点です。そのため外交的な波及は、前回よりも広範になる可能性があります。

読者への影響

「持ち込ませず」の見直しは直ちに市民生活を変えるものではありませんが、防衛費増税との連動で家計への影響が生じえます。2022年の安保3文書改定後、防衛費はGDPの1%から2%への増額方針が決定し、財源として法人税・所得税・たばこ税の増税が検討されています。核抑止政策の見直しが防衛費のさらなる拡大論と結びついた場合、その財源は国民負担として跳ね返ってきます。また、日本が「持ち込ませず」を見直した場合、近隣諸国の外交的反発が日本企業の貿易・投資環境に影響する可能性も否定できません。政策決定の行方を注視する意味があります。

今後の論点

有識者会議は年内の安保3文書改定を見据えて議論を続ける予定ですが、「持ち込ませず」の見直しが実際に文書に盛り込まれるかどうかは、現時点では全く不透明です。会議内部でも異論が出たという事実が示すように、有識者の間で合意形成が難航する可能性は十分あります。

一方で、政府が有識者会議に議論させること自体が、「政治的な地ならし」として機能する面もあります。国会や世論の反応を測りながら、どこまで踏み込むかを慎重に見極める動きが続くでしょう。特に公明党との連立関係は重要な変数で、同党は核廃絶を党是に据えており、「持ち込ませず」の明示的な見直しには強く反対する立場を取ることが予想されます。与党内の合意なしに安保3文書の文言を変えることは政治的に困難であり、仮に見直し論が前進するとしても、「運用の明確化」や「議論の継続確認」といった曖昧な表現で着地する可能性があります。

国際的には、日本が核の「持ち込ませず」を緩めることで、韓国や台湾が独自の核政策を議論する口実を与えかねないという懸念もあります。東アジアの核秩序全体に波紋が広がるリスクを、日本政府がどの程度織り込んで判断するかが今後の最大の注目点です。

報道各社の論調

朝日新聞は今回の会議について「高市首相の持論である見直しを議論」という表現で報じており、有識者会議と首相個人の政治信条の接続を前面に押し出しています。論調としては、非核三原則が国是として持つ意義や、見直し議論への慎重な視線が記事全体に滲んでいます。被爆地や平和運動との関係を重視する同紙の読者層を意識した文脈設定と言えます。

一方、読売新聞や産経新聞はこうした安保政策の見直し議論を、抑止力強化の文脈で比較的肯定的に扱う傾向があります。同様の議題では「現実的な核抑止論」「同盟の実効性」という切り口を重視し、三原則見直しを「タブーへの挑戦」ではなく「合理的な政策議論」として提示することが多いです。

この論調差は、各社の安全保障観の違いを超えて、「読者が何を求めているか」とも深く連動しています。

朝日の読者層には反核・護憲的な関心を持つ層が多く、産経・読売の読者層には安保強化への肯定的関心を持つ層が多いという構造が、報道の切り口に直接反映されています。同じ有識者会議の「発言」でも、何を見出しに持ってくるかで記事の印象は大きく変わるという好例です。

編集部の見解

編集部としては、今回の有識者会議をめぐる議論で最も注目すべきは「発言の内容」よりも「発言の場所」だと考えます。非核三原則の見直しは、2006年の麻生太郎氏(当時外相)の発言以来、政治家個人の持論として何度も浮上しては消えてきた議題です。しかし今回は、政府が設置した安保3文書改定に向けた公式の有識者会議という場で議論されました。この違いは小さくありません。

2022年の反撃能力容認の際に確立した「有識者会議→提言→閣議決定」という流れが、今回も機能し始めている可能性があります。高市首相が直接旗を振らず、有識者会議の自由討議という形で議論を起動させているとすれば、それは「政治的コストを分散させながら政策空間を広げる」手法として機能しています。読者の皆さんには、「誰が何を言ったか」だけでなく、「どの場でその発言が出たか」という制度的な文脈を読む視点を持っていただければと思います。

核政策という高度に技術的かつ感情的な議題では、「発言の器」が発言の内容と同じくらいの政治的意味を持つことがあります。

本稿の論点整理

非核三原則の「持ち込ませず」をめぐる今回の有識者会議での議論は、高市首相個人の持論が「政府公式の検討プロセス」に乗り始めた可能性を示す点で重要です。賛成側は核抑止の実効性を、慎重側は外交的コストと国内政治基盤を根拠とし、論拠は双方に存在します。2022年の安保3文書改定プロセスとの類似点を踏まえると、年内の文書改定に向けた動きをこれまで以上に注視する必要があります。

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参照元:朝日新聞

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