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「国旗損壊罪」創設案とは何か:違憲論争の核心を読み解く

「国旗損壊罪」創設案とは何か:違憲論争の核心を読み解く
seiji.tokyo 編集部
読了 約15分(約5,835字)

自民党が2025年6月1日に党内で了承した「国旗損壊罪」創設の条文案に対し、国民民主党玉木雄一郎代表が「間違いなく違憲立法」と強く批判し、国会内外で議論が広がっています。この記事では、法案の具体的な内容、憲法上の問題点として指摘されている「表現の自由」や「罪刑法定主義」との関係、そして立法論としての課題を、背景知識から丁寧に解説します。

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📰 引用元:朝日新聞

📌 この記事の要点

  • 自民党が国旗を損壊・SNS投稿した行為に罰則を科す条文案を党内了承した
  • 玉木代表は「表現の自由を極めて広範に規制」と指摘し、違憲立法と批判している
  • 罰則の判断基準が「総合的に勘案」と曖昧で、罪刑法定主義に反するとの主張がある

「国旗損壊罪」の条文案、具体的に何を禁じているのか

自民党が2025年6月1日の党会合で了承した条文案の骨格は、大きく二つの行為を罰則の対象としています。一つ目は、人を不快にさせたり嫌悪させたりする方法で、公然と国旗(日章旗)を傷つける行為です。二つ目は、自ら国旗を損壊する場面を撮影し、SNSや動画配信サービスで投稿・配信する行為で、実際に損壊する現場だけでなく、その映像を拡散する行為も処罰の対象に含まれます。

注目すべきは、罰則が適用されるかどうかの判断基準について、条文案が「行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行う」と定めている点です。言い換えれば、ある行為が犯罪に該当するかどうかは、状況を総合的に見て決めるという、かなり幅広い判断に委ねられています。

一般的に刑事法の世界では、何が罪で何が罰になるかをあらかじめ法律に明確に定めなければならないという「罪刑法定主義」(つまり「罪と罰は法律でしっかり決めておくべき」という原則)が憲法第31条から導かれるとされています。この観点から、玉木代表は今回の判断基準が曖昧すぎると批判しているわけです。

一方、自民党側はヘイトクライム(特定の属性に対する憎悪犯罪)対策や国民感情の保護を立法の趣旨として位置づけており、「国旗を守ること自体に異論はないが、手法が問題だ」とする玉木代表の発言も、この立法目的の正当性を否定するものではありません。規制の目的と手段のバランスをめぐる議論が、今後の国会審議の焦点になるとみられています。

なぜ「表現の自由」との対立が問題になるのか

玉木代表が最も強調した批判点は、今回の法案が「表現の自由を極めて広範に規制している」というものです。この点を理解するために、まず「表現の自由」と国旗損壊の関係を整理してみましょう。

日本国憲法第21条は、言論・出版・その他一切の表現の自由を保障しています。国旗を燃やす・引き裂くといった行為は、政治的な抗議や主張の手段として用いられることがあり、こうした行為も「表現」の一形態と解釈される場合があります。アメリカ連邦最高裁は1989年に「テキサス州対ジョンソン事件」の判決で、国旗焼却を修正第1条(表現の自由)の保護対象と認定した歴史があり、国際的にも国旗損壊の規制と表現の自由の衝突は繰り返し論じられてきた論点です。

今回の条文案でとくに問題視されているのは、SNSへの投稿行為まで処罰の対象に含めた点です。

国旗を傷つける場面を撮影して投稿する行為は、政治的メッセージの発信という側面を持つ可能性があります。「人を不快にさせる」という要件も、見た人の主観的な感情に依存するため、規制の範囲が際限なく広がりうるという懸念が法学者の間でも指摘されています。

玉木代表は「国旗はしっかり守るべき立場」としており、保護法益(守るべき価値)としての国旗の尊厳そのものは否定していません。問題は、その保護のために用いる手段が憲法の要請と整合しているかという「手段の適正」にあります。立法の目的と規制の手段が釣り合っているかを審査する「比例原則」の観点から、今後の審議で重要な争点になる見通しです。

「罪刑法定主義」とは何か、なぜ今回問題になるのか

玉木代表が違憲論拠の一つとして挙げた「罪刑法定主義」という言葉は、法律の基本原則として非常に重要な概念です。簡単に言えば、「どんな行為が犯罪で、どんな刑罰が科されるかは、あらかじめ法律ではっきり定めなければならない」というルールです。これは日本国憲法第31条の「法定の手続きによらなければ刑事上の責任は問われない」という規定から導かれると解釈されており、国家が恣意的(気まぐれ)に人を処罰することを防ぐための安全装置として機能しています。

今回の条文案では、罰則の適用基準として「行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案する」と定めています。この文言が罪刑法定主義に反すると指摘される理由は、「何をすれば犯罪になるのか」が一般の人々にとって予測しにくいからです。たとえば、全く同じ行為を二人が行っても、「周囲の状況」の解釈次第で一方は無罪、他方は有罪になる可能性があります。

日本の刑事立法の歴史を見ると、2017年に成立した「共謀罪」(テロ等準備罪)の審議においても、構成要件(犯罪が成立するための条件)の明確性をめぐって激しい論争がありました。当時も「計画段階の犯罪をどこで線引きするか」という判断基準の曖昧さが指摘され、憲法学者を中心に批判が相次いだ経緯があります。今回の国旗損壊罪をめぐる論点は、その延長線上にある問題とも言えます。

法務省や内閣法制局(法律の憲法適合性を事前にチェックする政府機関)が今後この条文案をどう評価するかも、法案の行方を左右する重要なポイントになるでしょう。

自民党はなぜ今このタイミングで法案を進めるのか

自民党が国旗損壊罪の創設を本格的に議論するようになった背景には、近年の国際的な政治状況と国内でのヘイト対策の議論があります。外交的に緊張関係にある国の国民やその支持者が日本国内で日章旗を損壊する映像がSNSで拡散される事案が散見されるようになり、「現行の刑法には国旗を損壊した場合の直接的な罰則規定がない」という指摘が党内から上がっていました。

現行の刑法には器物損壊罪(他人の物を壊す罪)がありますが、自分が所有している国旗を自ら傷つける行為は、基本的にこの罪で処罰することができません。公務員侮辱罪や名誉毀損罪も適用は難しく、「法律の空白地帯」として党内保守派を中心に立法化の必要性が訴えられてきた経緯があります。

2025年の通常国会という時期についても、前年の衆院選後に与党が議席を減らし、国民民主党などとの協力関係が政権運営のカギを握る中で、保守層に向けた政策発信を強めるという党内事情が背景にあるとも見られています。玉木代表の批判はこの文脈でも注目を集めており、国民民主党が政策の中身で与党案に正面から異議を唱えた構図は、今後の国会審議の方向性を占う上でも重要な出来事と言えるでしょう。

背景・経緯

日本の刑法には、外国の国旗や国章を損壊した場合の罰則(刑法第92条)は存在していますが、日本の国旗(日章旗)そのものを損壊する行為を直接罰する規定はこれまで存在していませんでした。この「立法の空白」を問題視する声は、2010年代以降に国際関係の緊張が高まる場面で断続的に上がってきました。

直近の比較事例としては、2017年の「共謀罪」(テロ等準備罪)審議が挙げられます。この時も、犯罪の構成要件の明確性や表現・思想の自由への影響が集中砲火を浴び、憲法学者186人が反対声明を出す事態となりました(2017年5月)。最終的に法案は可決・成立しましたが、今なお解釈をめぐる論争が続いており、「構成要件が曖昧な刑事立法」に対する社会的警戒感は根強く残っています。

今回の国旗損壊罪案は、自民党内で複数の議員立法の動きが並行していた中で、党として条文案を了承したものです。

なぜ今このタイミングかについては、2024年衆院選後に与党が単独過半数を失い、政権運営の求心力を高める必要性があるという政治的背景も指摘されており、政策の中身だけでなく政治的意図の観点からも注目されています。

読者への影響

この法案が成立した場合、一般市民の日常生活に直接影響が及ぶ可能性があります。例えば、政治的主張の一環として国旗を使ったアート作品を制作・公開したり、抗議活動の中でこれを映像に収めてSNSに投稿したりする行為が、罰則の対象になりえます。「人を不快にさせる」という基準は主観的な要素を含むため、自分が処罰対象になるかどうかを事前に判断しにくいという問題もあります。知らないうちに表現活動が制限される社会的な萎縮効果(自主規制の広がり)についても、関心を持っておく必要があるでしょう。

今後の論点

今後の焦点は、この条文案が国会審議の場に持ち込まれた際に、憲法学者や法曹界からどのような評価が示されるかという点にあります。内閣法制局が事前審査でどのような判断を下すかも、法案の形が変わるかどうかに大きく影響するでしょう。

玉木代表の批判は「立法の目的ではなく手段が問題」という論法を取っており、修正を加えることで賛成に転じる可能性が全くないわけではありません。一方で、「表現の自由」を重視する立場からは条文の根本的な見直しを求める声も出てくることが予想され、野党間でも対応が分かれる展開になりうるでしょう。

仮に国会審議が進んだとしても、参考人招致や公聴会を通じて憲法学者が意見を述べる機会があれば、世論の関心も高まる可能性があります。他方、法案が可決・成立した後に違憲訴訟が提起されるという展開も考えられており、最高裁での判断が出るまでに長い時間を要するという見通しもあります。

「国旗を守る」という立法目的そのものへの賛否よりも、規制の手段と民主主義社会における表現の自由のあり方という大きな問いとして、この議論は続いていくことになるでしょう。

報道各社の論調

朝日新聞は玉木代表の「間違いなく違憲立法」という発言を前面に取り上げ、表現の自由や罪刑法定主義への懸念を丁寧に伝える論調です。一方、読売新聞や産経新聞は国旗保護の必要性や立法の背景となった事案を重視する傾向があり、自民党の立法推進の経緯を比較的肯定的に扱う見出しが目立ちます。日経新聞は法案の経済・社会的影響よりも政治的駆け引きの側面に注目した報道姿勢を見せています。

編集部の見解

編集部としては、今回の議論で特に注目すべきは「何を守りたいのか」と「どうやって守るのか」という二つの問いが、十分に分けて議論されているかという点です。国旗への敬意という価値観自体は多くの人が共有できるものですが、その保護のために用いる法的手段が憲法の原則と整合しているかは、別途厳密に検討される必要があります。立法の目的と手段の両方を冷静に評価する視点が、今後の審議では求められるでしょう。

■ 編集部の独自分析

この件の核心にある争点は、「国旗という象徴を守る」という立法目的の正当性ではなく、その目的を達成するために用いる手段が憲法の要請に見合っているかという一点に集約されます。玉木代表を含む批判側も国旗の尊厳を保護すること自体は否定していないため、賛否両論の対立軸は目的論ではなく手段論にあることを、まず押さえておく必要があります。

賛成側の論拠は大きく二つあります。一つは立法の空白の解消です。現行刑法には外国国旗の損壊罰則(第92条)はある一方、日本の国旗を自分で損壊する行為を直接処罰する規定がなく、この非対称性を正すべきだという論理です。もう一つはSNS拡散への対応で、政治的緊張を背景に国旗損壊の映像が国内外に広まる事案が増えたことへの現実的な対処が求められるという主張です。一方、反対側が挙げる論拠も二系統あります。まず表現の自由への過度な制約で、政治的意思表示として行われる国旗損壊行為を広く処罰対象とすることは、憲法第21条が保障する表現の自由を必要以上に縮減しかねないという点です。次に罪刑法定主義との抵触で、「行為の外形や周囲の状況を総合的に勘案」という判断基準では、同一の行為が処罰されるかどうかが状況次第で変わりうるため、国民が行動規範を事前に予測しにくいという問題があります。

過去の類似事例として繰り返し参照されるのが、2017年の「共謀罪」(テロ等準備罪)審議です。あの際も「計画段階のどこから犯罪とするか」という構成要件の明確性が最大の争点となり、憲法学者からの反対声明が相次ぎました。法案は成立したものの解釈論争は今日まで続いており、曖昧な構成要件を持つ刑事立法に対する社会的な警戒感は根強く残っています。国旗損壊罪の条文案における「総合的に勘案」という文言は、その記憶を呼び起こす性格を持っており、立法府が同種の論争を再び迎えようとしていると読み取ることができます。

読者がこの問題を実際に読み解く際に役立つ視点としては、今後の焦点が内閣法制局の審査と国会審議の中身に移ることを念頭に置いておくことが有益です。法制局が条文の明確性についてどのような判断を示すか、また国会審議で構成要件の具体化に向けた修正が行われるかどうかが、この法案の最終的な姿を左右します。立法目的の正当性には一定の共通認識があるだけに、議論の焦点は今後ますます「手段の精緻化」に絞られていくはずです。法案の賛否を即断するよりも、条文の文言がどのように変化していくかを継続的に追うことが、この問題を正確に理解するうえで最も実用的な読み方といえるでしょう。

本稿の論点整理

今回の「国旗損壊罪」をめぐる論争は、国旗保護という立法目的の正当性と、表現の自由・罪刑法定主義という憲法原則のどちらを優先するかという問題ではなく、両者を両立できる立法の手段があるかどうかが問われる議論です。玉木代表の批判はその「手段の設計」に集中しており、国会審議でこの論点がどこまで深められるかが、法案の行方を左右する最大の焦点と言えます。

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参照元:朝日新聞

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